【ファイトクラブ】

主演:エドワード・ノートン ブラッド・ピット

 監督:デヴィッド・フィンチャー

【予告編】

 

【ファイトクラブ】キャスト  

  • エドワード・ノートン(ナレーター・僕・ジャック)
  • ブラッド・ピット(タイラー・ダーデン)
  • ヘレナ・ボナム=カーター(マーラ・シンガー)

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【ファイトクラブ】あらすじ

この映画は、主人公である僕(エドワード・ノートン)の視点で描かれます。

作中ではジャックや、エンドロールではナレーターとして記されています。

(分かりやすくココでは、ジャックとします)

 

主人公ジャックは、それなりに良い生活をしている裕福だが平凡な会社員。

毎日仕事に忙しくしていたが、毎日の仕事のストレスやプレッシャーを抱えていた。

 

彼は不眠症に悩まされていた事を切欠にして、

『がん患者の会』や『アルコール依存症患者の会』などのグループ・カウンセリングに出て、

会員と交流することで日々のストレスを発散させていた。

が、同じような目的で参加しているであろうマーラ(ヘレナ・ボナム=カーター)と出会うと、

ストレスが発散できなくなり、再び不眠症に。

 

そんな中、タイラー(ブラット・ピット)と言う1人の男と出会う。

 

彼はジャックとは真逆と言えるような、ユーモア溢れる野性的で乱暴な所があるが、

人望もあり女性にモテるようなタイプの人間だった。

 

ある日、ジャックの出張中に自宅の爆発事件が起こり、家を失ってしまったジャックは、

タイラーに救いの手を求める。

バーで待ち合わせたタイラーはバーを出た後、

 

「力いっぱい俺を殴ってくれ」

 

と頼まれたジャックは、彼とふざけ合いながらも本気の殴り合いを始める。

殴り合いでボロボロになった二人は、痛みの中で生きている実感を感じ、

それから二人はときどき殴り合いをするようになる。

 

次第にそれを見ていた人達が参加し始め、やがて毎晩のように行われるように。

そしてそれが発展し、酒場の地下に『ファイトクラブ』をタイラーが設立する。

 

 

『ファイトクラブ』のメンバーはどんどん増え、次第に組織として大きくなっていくにつれ、

ジャックはタイラーと距離を感じるようになり、疎外感を覚えるようになります。

そして次第に『ファイトクラブ』は、タイラーを絶対的リーダーとした、

反社会的な組織になりつつありました。

 

そしてある日ジャックは見知らぬ人から話しかけられ、『タイラー』と呼ばれる。

その事を、マーラに聞くと「あなたはタイラー・ダーデンよ」と言われる。

 

 

ジャックが不眠症だったのも、タイラーとして行動していたから。

家を爆破したのも、自分。

タイラーとの殴り合いも、自分で自分を殴っていました。

 

ジャックはいわゆる、多重人格障害。

タイラーは日々の日常からかけ離れた、理想の自分。

 

そしてタイラーは、銀行やクレジットカード会社などのビルの爆破計画を企てていた事を知ります。

それを止めようとジャックは深夜のビル街に向かうが、タイラーに捉えられてしまう。

 

ジャックに銃口を向けるタイラー。

しかし「タイラーが銃を持っている」=「自分が銃を持っている」と言う事に気づき、

自分で自分を銃で撃つ。

 

急所ははずれたものの、別人格タイラーは消失。

しかし、既に爆破テロまでの時間はない。

ジャックはマーラと手をつなぎ、崩壊するビル群を眺めるしかなかった。

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【ファイトクラブ】感想と評価

この【ファイトクラブ】は、エドワード・ノートンとブラット・ピットと言う2人のスター、

そして監督がデビット・フィンチャーと言うなかなか豪華な映画。

 

ちょっと変わったつくりをしている事でも有名な映画で、

『サブリミナル効果』が使われているとしても有名です。

 

『タイラーは自分だった!』

 

って、どんでん返しの映画ですが、恐らくこの展開だけでは

ここまで傑作と言われるような映画にはならなかったでしょう。

 

タイラーの正体が分かるまでは、タイラーは一人の人間として登場していますが、

上手い事映像を作っていて、実際改めてみてみると、

そちらかが存在している実体で、どちらかが幻想だという事が分かる。

 

それを分かった上で改めて見てみると、また面白い。

 

映画の作り方とか、シーンのつなぎ方とか、そう言った部分にも色々な細工が施されていて、

「このシーンではどちらが実体なのか」とか、

家の中ではジャックとタイラーと、マーラが三人で出てくるシーンが無かったりとか。

そう言う所も確かめながら改めてみると、楽しい。

 

 

また、この【ファイトクラブ】は多少、ダークな映画として捉えられることもあるが、

主人公である僕はある意味、世間一般的な人間像として、

誰もが多かれ少なかれ抱えているであろう、閉鎖的で退屈日常と、

その日常に対してストレス抱えている平凡な男。

 

そしてタイラーはある意味、理想の自分の姿でもある訳です。

 

そう考えるとこの【ファイトクラブ】での主人公は、

理想の自分に近づくために、懸命にもがいているともとれます。

 

そして、タイラーは元々自分な訳です。

と言う事は、元来主人公は理想とする自分の要素を持っていたって事。

だけど、それを押し込めて日々を暮らしている。

 

そう言う、日々の色々なしがらみから、本当のなりたい自分を抑えている人達、

なりたい自分すら分からない人達に対しての、

メッセージみたいなものが込められている様にも僕は感じます。

 

 

映画の作り方とかサブリミナルだとか、そう言った部分も楽しめる映画ですが、

あえて名前のない主人公である『僕』に感情移入してみると、

最後、僕とマーラが崩れるビル群を見つめているシーンで、

人それぞれ千差万別の、あなたなりの感情が生まれてくる映画ではないかなと感じました。

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